|
1998年8月。
愛知県の田舎町から東京に憧れた僕は、両親の反対を押し切り上京しました。
両親には『どうせお金が無くなってすぐに帰ってくるわ』と苦笑いをされ見送られました。
2002年12月。
僕は当時お付き合いしていた女性(現在の嫁さん)と結婚する事が決まり、その一報を両親と妹夫婦に連絡しました。
妹は僕よりかなり早く結婚しており2人の子供に恵まれ幸せに暮らしており、旦那さんは僕より8歳も年上の会社の社長さん。
僕は、従業員をかかえて仕事をしている彼に憧れ尊敬していました。
彼は僕の事をお兄ちゃんと呼び、お互いバイクが好きだと言う趣味も重なりすぐに仲良くなりました。休みの度に朝早くからバイクで走りまわり、よく妹に叱られたものです。
そんな彼に結婚報告をした2日後、突然父親からの電話。
『お〜あいつよ〜今バイクの事故で死んじまったぞ・・・即死だって・・・』
仕事中に車を運転していた僕は震えが止まらず、隣に座っていた上司に運転を代わってもらったのを覚えています。
当時の僕は小さい会社ながら責任者と言う立場で収入も安定し、結婚も決まり、よしこれから!という矢先の出来事でした。
僕は両親、親戚一同の反対の中で結婚式をあげました。それは僕が結婚式をあげないと死んだ彼は天国で自分の責任だと悲しませると思ったからです。
結婚式はお互いの家族のみという寂しいもので、一生に一度のイベントが静かに終わりました。
そして周りから『バイクに乗るのを止めなさい!あの人みたいになるよ!』と言われ続ける中で、責任者と言う立場を捨て、あろうことか一からバイク屋に再就職してしまったのです。自分より何歳も下の先輩にアゴで使われる日々でした。
今思えば、本当にもったいない事をしたと感じますが、当時の僕は、日々泣いている妹を見て『こういう人達を増やしてはいけない。バイク屋になって一人でも悲しむ人を減らす為に安全運転にうるさい営業マンになってやる。』と本気で考えていました。
それから数年後、僕達夫婦にも子供が授かりました。
子供も3歳になり幼稚園に通うようになった息子は、平日しか休みのなかった僕に
『どうしてパパは皆が休みの時にいないの?』と言うのです。僕はハッとしました。
亡くなった彼の口癖は・・・
『お兄ちゃん、遊んでるか?ちゃんと遊ばんと仕事ができんぞ!』だったのです。
子供の幼稚園が土日休みの時は当然仕事で、平日の休みは3時半まで息子は帰ってきません。嫁さんと買い物から帰ってきて息子を出迎えたら、ほどなく夕方です。
僕はどこにも遊びに行ってない・・・
もしも今僕が死んだら・・・
もしも今息子が死んだら・・・
パパと遊んだ思い出がなにもないままになってしまう・・・
あなたには少し大げさに聞こえるかもしれませんが、僕の妹の2人の子供はお父さんと遊んだ記憶がほとんどないのです。
この不景気120%の中で会社を立ち上げ起業するなんてばかげた事しないで、今の会社で安定した給料をもらったほうが良いに決まっています。
でも子供にとって一番大切な時期にパパがいない事が僕には耐えられなかったのです。
数年もすれば息子も友達と遊ぶ事が楽しくなるでしょう。
クラブ活動や部活やらで自分より遅く帰ってくるようになるでしょう。
今は長い間抱っこ出来ないくらい重くなり、『自分で歩きなさい!』と降ろしていますが、数年後は抱っこすらさせてもらえなくなるのです。
未来の事は未来が来た時に考える!
今楽しくなかったら、今日幸せじゃなかったら明日楽しい訳がないじゃないか!
子供が毎日元気なのは、今この時だけを楽しんでいるから。
大人になると忘れてしまう今を楽しむという事。
これが彼の言っていた『お兄ちゃん、遊んでるか?』だと確信しました。
僕はなんのコネも貯金もないまま会社を辞める事を決意し、退社を止めてくださった上司には『子供と遊びたいから・・・』と言う、くだらない理由をのんで頂きました。
今では、週末は家族で遊びに出かけ、平日も幼稚園から帰ってきた息子と公園に行ったりと、しっかり遊んでいます。
仕事は朝早くから日中にかけて行い、夜は息子が寝静まってからパソコンの前に座っています。
自分でリスクを抱えて仕事をするなら、このくらいの時間配分をして楽しくやらなきゃもったいないですよね!!
座右の銘と言うほど大げさではないですが、なんでも『やってみなけりゃわからない』
です。
うだうだ考えているうちに子供は大きくなり、パパと遊んだ思い出の無いまま大人になってしまう・・・それだけはいやだ。
仕事なんて死ぬ気になれば何だって出来るはず。
周りに相談しても誰もが口を揃えて『まだ早いんじゃない?』『今はやめといたら』と。
『じゃあ、いつならいいの?』この質問に答える人は誰もいませんでした。
大手の企業がどんどん倒産している時代に絶対安心なんてあり得ない。
一生に一度の人生です。
扉を開けてみないと、外が晴れているか雨なのか分からないのです。
僕自身これから何が出来るか分かりませんが、精一杯楽しんでがんばろうと思います。
こんな会社ですが、今後とも宜しくお願い致します。
長くなりましたが最後に 『あなたは今日を楽しんでいますか?』
代表取締役社長 杉浦 央晃
|